権現岳東稜に行ったが、雪が思いのほか深く、2150m付近まで登って敗退した。地獄谷三部作のワンシーズンコンプリートとはいかなかった。
前週は朝に起きられずに中止になった。しかし、あの日の八ヶ岳は天気が悪かったらしく、ヤマレコの記録を見ても、3月17日の記事はなく、まあ行かなくてよかったと、すこしホッとしていた。それでも、起きられないというリスクは回避したい。また、未明に車を運転すると、どうしても眠くなってしまうので、現地に時間通りたどり着けるかという不安がいつも付きまう。そこで、今回は前夜に出ることにした。土曜日は、奥さんの車の教習に付き合い、夕飯も奥さんのリクエストに応えたメニューを用意したので、快く送り出してくれた。
20時過ぎに家を出て、順調に23時前には美しの森駐車場に着いた。広い駐車場に他の車はなく、どうも地獄谷貸し切りのようだ。冬用シュラフを持ち込んできており、暖かく、ぐっすり眠った。3年前だったか、黒部横断を目指して日向山の駐車スペースで、シュラフがなく寒くて眠れずに敗退したことがあったが、やはり、自動車シュラフは重要だ。
3時に目覚ましをかけて起床。パンの朝食を摂り、靴を履いて車外に出ると、頭上を火球が落ちていくのが見えた。5秒間ほどにわたって輝いて落ちていったので、きっとニュースになるだろうとその時は思ったものだが、メディア等で取り上げられることはなかった。
3時半ごろ歩き出す。うっすら靄がかかっているが、月あかりで明るく、ヘッドランプなしで歩けた。ここは八ヶ岳の東側なので、1時間も歩く前に月は山の向こうに隠れた。そこからはランプを点けて歩いた。
前日に雪が降ったようだ。林道には人が歩いた轍状のものがあるが、足跡としてはシカのものしかない。靴がわずかに潜る分、ペースは遅かったらしく、1時間歩いても山道の入り口まで行けなかった。山道に入り、一つ堰堤を越えたあたりで、トレースが全く無くなった。人が歩いた跡がない雪面を、マーキングを頼りにラッセルしていくことになり、ここでワカンをつけた。
臑、もしくは膝下くらいまで潜るラッセルが続き、この辺りからすでに、これは厳しいんじゃないかと思い始めていた。去年だったか、やはりここのあたりからラッセルになり、出合小屋から旭岳東稜の取り付きまで1時間かかったところで敗退を決めている。そうならないように、前夜乗りして時間の余裕を持ったのだが、出合小屋まで通常の倍もかかるようだったら、その先のラッセルを含めて時間がかかりすぎるだろう。もう3月末の雪質で、雪があっても大して潜らないだろうと甘く見ていた。6時取付き、10時完登だなと。どうも、そうはなりそうもない。
それでも出合小屋には3時間ほどで到着した。まだまだ先だろうと思っていたところに、いきなり対岸に小屋が見えたので、小さく歓声を上げてしまったほどだ。小屋の周りには雪がたっぷりで、小屋から上も人が歩いた痕跡はない。
小屋に入りしばし休憩。まあここで止めるわけにはいかない。少し食料を補給してその先のラッセルを始めた。
トレースは皆無なので、テープを探しながら河原状を進む。雪はほぼ膝の深さ。この深さの水平ラッセルはなかなか進まない。何度か来たので見覚えのある旭岳東稜の取付きを右に見て、左の沢に入る。「ツルネ東稜」のアルミの看板は完全に埋まっているらしく見えなかった。
ここからはマーキングテープはないので、コース取りには自分のセンスが試される。危険なところはないので、いかに経済的に進むかがポイントだ。ラッセルの、こういうところが楽しい。
もがいていると、話に聞く立派なゴルジュが出てきた。ゴルジュの中央に巨大なツララがあり、シュワちゃんがプレデターを仕留めた罠のようになっている。まあ、落ちては来ないと思うが、刺激を与えないように慎重に通過した。ゴルジュは立派だが長さは50mほど。抜けると沢が開け、ここの左岸、進行方向右側の支沢が権現岳東稜への登路となる。
真冬の、降雪直後なら薄気味悪い場所だが、この状態なら雪崩の心配はなさそうなので、そこでリュックを降ろして作戦会議。時刻は8時だ。前回の、天狗尾根の取付きに着いた時刻にほぼ近い。要は、早出した貯金がなくなったという事になる。
取付きを確認したという事でも成果といえるので、ここで止めてもいいかなと思ったが、天気はいいし、会社の始業時刻より前に止めるというのもなんなので、先に進むことにする。登る沢は何度か雪崩れた跡があり、それで雪が締まっていて、キックステップで進めるようなら、まだ諦めるのは早い。
しかし、登り出しの数歩で、その思いは挫かれた。傾斜が強いこともあって、しっかり腿上まで潜る。しかし、せっかく登り始めたのだから、東稜には乗ろう。100歩しばりと決めて、歩数を数えながら上がる。ど真ん中のラインは雪崩が怖いので、やや右から回り込むように進んだ。200歩と少しで尾根に乗った。
尾根は狭く急だった。先に進むと右のワカンが外れている。アルミのワカンを使ったことがある人ならわかると思うが、アルミワカンは楕円状のアルミ部材にナイロンテープ2本で足をのせる台を付け、それがばらけないようにさらにテープで絞っている。絞るテープがアルミのバックルで留められていて、これが外れたらしい。これが何故バックル留めなのか以前から疑問に思っていた。縫うなり、リベットで留めるなりした方がトラブルは少ないだろう。少し登った先の平らなところで修理のためリュックを降ろした。外れたテープは少し戻ったところに落ちていた。すぐに気づいてよかった。
トラブったので、もう止めてもよかったが、10時までは先に進むことにした。あと1時間、現代ではGPSでどれだけ進んだかわかる。その進捗を見て、行くかどうか決めよう。
尾根は急なナイフリッジを交えて、ギャップをいくつか越えていく。1本上流の沢から上がれば、ギャップ一個分は割愛出来そうだが、その沢の雪崩リスクは読めない。樹林帯なので、ナイフリッジでも高度感はない。木登りのような急登と深いラッセルが交互に出てくる。夢中になってルートファインディングを楽しんだ。少し先に、尾根の傾斜が落ちている箇所があるようだ。ひとまずそこまで行くか。
ほぼ10時に緩傾斜帯に出た。木漏れ日の感じがいい、ビバーク適地だった。GPSを確認すると、尾根に出たポイントから200mほど進んでいた。終了点まではまだ1㎞ほどある。無理だな。
ここでは電波が取れたので、奥さんに撤退を連絡した。そして大休止。電波ついでに気象庁のナウキャストを見ると、雨雲がすぐそこまで迫ってきている。いろんな要素から、きっぱり諦めがついた。
今シーズンの権現岳東稜再訪はもうないので、来年の事を考えよう。冬期限定だから、12月に入ったらすぐ来るか?まあそれならワンデイ可能だろうが、アプローチで渡渉があるので、出合小屋で靴下を替えるか、ネオプレーン靴下で来る必要があるな。雪が増えた後に来るなら、ラッセル前提で来た方がいい。事前に呼んだ記録では、ラッセルがあっても他にパーティーが居たりして人気ルートのようだが、時間があるのだから平日、人のいないときに来たい。泊まり装備で来て、出合小屋にベースを設け、初日にトレース付け、二日目に登って出合小屋に戻る。念のため2泊予定で来る。または、今回の最高到達点でビバークして登る。なにもワンデイにこだわる必要はない。