タルキートナでバドワイザーを

群発頭痛により断酒した山好きオジさんが、定年後にアラスカのデナリを登って、祝杯としてアルコールを解禁することを目指す日記。

15年越しの完登、白沢天狗尾根

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爺ヶ岳最後の登りで

この尾根にこだわった理由は何なのだろう。2万5千図の中央、爺ヶ岳から伸びる尾根に名前がついている。単純に方角でつけられた東尾根と南尾根の間に、個性のある名前がついていたのが目立ったのかも知れない。
奇人扱いされることもあるので声を大にしては言わないが、ラッセルが好きである。雪を掻き分ける行為そのものというより、真っ白な雪面に、自分だけのラインを引くのがいい。いかに安全で、効率のいいラインを引くかが腕の見せどころだ。高効率を求めるので、ワカンやスキーの使用は積極的に取り入れる。スノーシューの導入は経済的理由もあってまだであるが。
有名ルートはトレースがついているのが普通だ。そこでマイナールートを探してラッセルする。燕岳の東尾根はうまく行った好例だ。霞沢岳南尾根や、抜戸岳東尾根もマイナーとは言えないが、どちらもフルラッセルで登った。そんな企画の一つが爺ヶ岳白沢天狗尾根だった。
情報は少ないが、稜線上に悪場はないようだった。奥さんを誘って正月休みに出かけた。結果は敗退。時間が足りず、白沢天狗山を踏んで下山した。懲りずに翌年も行った。2回目のほうが雪が少なかった気がする。藪漕ぎとなり、楽しい登山でもなかった。下降路を誤り、不安定な草付をヨセ沢まで下ってしまい、奥さんに怖い思いをさせてしまった。これで、もう再挑戦はなくなった。
15年程が経過し、奥さんの推し活により、山に行きやすい状況が訪れた。これは、長く残してきた課題を解決する時ではないか。正月休みでは無理だが、春なら2,3日で行けるのではないか。そう思って計画した。15年前と違い、スキーという武器も得た。春の扇沢を1時間で滑り降りた記録もある。下山道具として持って行けば、時間が稼げるし、登りで使えるかも知れない。春の雪なら、尾根上一泊、山頂から、扇沢か南尾根を滑り降りる。その先の関電道路も滑り降りれば完璧だ。
春分の日の連休に向け、ヤマテンとてんきとくらすを交互に見続ける日が続き、直前になった頃、後半2日の天気予報が好転した。天気も、味方してくれた。
連休初日に全てのパッキングを終え、荷物を車に積み込んだ。ショートスキーにはシールを貼り、ビンディングもコフラックに合わせて改良しておいた。白沢天狗山を越えたあとの平坦な尾根で役に立つだろう。

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ウクライナリボンもつけた



2時半起床、3時には家を出た。日向山ゲートに着いたのは6時半頃。7時前には歩き出した。
白沢天狗尾根の末端は最初に出てくるスノーシェッドの入口付近である。ここは道路工事による切通しになっており取付けない。前回と同様にスノーシェッドを潜った先の急斜面を登る。雪と地面が半々程度の急斜面に取り付く。雪のある場所を選んで、キックステップで登る。GWのような雪だ。週中盤の昇温で、一度溶けた雪が凍ったのだろう。雨も降ったのかも知れない。

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ここを登る

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昔の赤布

雪を繋いで登って行くと小尾根状になり、そこで古い赤布を見つけた。おそらく15年前にワタシが付けたものだ。感慨深い。なんとか雪を繋いで天狗尾根に乗る。雪の下の地面が凍っている箇所がありアイゼンを履く。高度が上がるにつれ雪が軽くなって行くが、藪漕ぎも増えてくる。両手にあるストックが邪魔になりピッケルに持ち替える。高度1600m辺りから非常に進みづらくなりペースが落ちた。目論見では初日で爺ヶ岳まで行き、下山過程で泊まるか、山頂直前辺りまでは行きたかったが不安になってきた。
地図にはない小ピークが何度も出てきて、GPSを使わない15年前に、白沢天狗山をよく特定出来たなと思ったが、天狗山手前で視界が開けて、あそこがそうだとはっきり分かった。山頂は雪のドームで、それもそうだったと思い出した。6時間かかって到着。ここから先は未知のエリアとなる。

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立派なブナ

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白沢天狗山山頂ドーム

 

ここまでは何も考えずに登ってきたが、思いの外の歩みの遅さで迷いも生じてきた。天狗山を越えたコルの先は岩場になっていた。ほぼ垂直でロープなしでは厳しそうだ。巻くなら右だが、新雪なら雪崩れる傾斜だ。既に雪崩れた後で、出ている雪面は安定している。ただし、最上部のブロックは残っている。
トラバース開始。まずは腰までのラッセル。段々傾斜が立ってきて、雪面に正対してのトラバースとなる。これ抜けちゃうと引き返すのがキツくなるなと迷いが強くなる。

 

約1時間かけて巻き完了。作戦会議だなとリュックを降ろしてネットに繋いでみたら電波が取れた。東尾根の下降や下降後の鹿島山荘からの移動について調べた。人気ルートの爺ヶ岳東尾根は毎週多くの登山者を迎えていて、日帰りが標準化している。下降は3時間あれば余裕のようだ。鹿島山荘から日向山ゲートまでは距離はあるが、まあ車道だから何とかなるだろう。扇沢下降1時間と言っても、それは滑れる人の話で、行ってみないと本当に滑れるかどうかは分からない。東尾根をエスケープ出来ると確認出来たので、もう迷わず行くことにした。
藪漕ぎ、ラッセル、踏み抜きと相変わらず歩きにくい尾根が続いたが、尾根上にカモシカか何かが歩いた跡を見つけ、そのトレースに乗ってみた。意外に歩きやすい。この踏み跡が続く限り乗っていこうと進むうち、これは人間トレースなのではと思い始めた。白沢天狗尾根に他パーティがいるなどと信じられない。しかし、踏み跡は段々と人間の足形がはっきりしてきた。2人か3人だな。ピッケルやストックの跡がないから、体幹のいい奴らだな。
途中、はっきりとツボ足からワカンに変えたポイントもあった。興醒め、などとは言ってはいけない。これで、15年越しの完登が約束されたようなものだ。

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白沢天狗尾根上部。トレースがあった。

 

爺ヶ岳スキー場から登る記録は見たことがあり、そのコースのパーティのようだった。今回知ったのだが、この尾根は天狗山より上部の方がなだらかで歩きやすく、標高が高い分雪の量も増えるので、藪はすべて隠れて雪のみとなる。可能ならば上部のみ登ったほうが楽しい登山になるだろう。ただ、白沢天狗山を通らずに白沢天狗尾根を登ったと言えるのかは議論があるだろう。

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2200mに小ピークがあり、宿営地をそこと決めてトレースを追った。16時半頃到着しツエルトを張る。今回は軽量化の為に冬シュラフは持たず、ビビィと夏シュラフだ。象足も持ってくるのを忘れた。一番痛かったのはラジオを忘れた事だった。おそらく、寒くて眠れないだろうと思っていたら、思った通り眠れなかった。だから、ラジオがないのは辛かった。
象足がないから、プラブーツのインナーを履いたまま寝袋に入った。それ程不快ではなかった。用足しもインナーで問題なく出来たので、象足不在の影響は少なかった。軽量化したのは、もちろん全体の荷を軽くして動きやすくする為だが、下山にスキーを使うという企みがあった事が大きい。結局スキーは使わないので、シュラフを持ってくるべきだったが、それ程寒くないのになんで眠れないのか不思議だった。
夜中に2回、目を覚まし(眠っていないのでこの表現はヘンだが)用足しとお茶を飲んだ。3時半に寝袋を出て出発の準備を始めた。5時過ぎに、ツエルトを畳んで歩き出した。

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素晴らしい朝が始まる

 

東の方がうっすら明るく、眼下は雲海で埋め尽くされているのが分かった。素晴らしい朝だ。
ほんの少し先に明かりが見え、ドーム型テントがあった。こんな近くに、トレースの主がいたとは驚きだった。テント越しに、丁寧に礼を言った。この先2300までトレースを付けたとの返事。若い声だ。学生さんかな?その、2300には赤旗の束があった。KACとマジックで書かれていた。慶応大かなとも思ったが不明である。
その先はトレースはないが、潜っても大したことはなかった。段々と明るくなり、雲海の美しさが際立ってきた。あまりの絶景に、思わず涙が出た。槍ヶ岳と、富士山まで雲海の彼方に見えている。コロナで、戦争まであって、先週は地震もあった。それなのに、15年越しの課題を達成するだけでも感動モノなのに、こんな絶景のおまけがつくなんて。

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残念ながら爺ヶ岳山頂は霧の中だった。頂上直下で下降パーティとすれ違った。北尾根を3日かけて登ってきたというその方は、板を見てどこを滑るのか聞いてきた。南尾根か、扇沢を降りると返答したが、結局どちらにもならなかった。
南峰に移動し、扇沢の源頭部を見る。種池山荘の辺りからドロップすれば快適そうだ。南峰直下は岩も出ていて滑る感じではない。南尾根もしばらくはガレが出ている。
それよりも風が強く、とても滑走準備を出来る状況ではなかった。それを理由に、板を担いだままアイゼン下降を始めた。男女の2人組が上がってくる。滑らないのか聞かれたら、風が強くてと言おう。わざわざ言い訳を考える自分がいる。おそらく、自分に対して言い訳をしているのだ。

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南峰から種池山荘方面

 

扇沢方面をオブザーベーションしながら下降を続ける。イケそうな尾根があったが、先が見えていないのが気になった。少し稜線を外れて、灌木と岩が見えている部分を越えれば、無立木の斜面に出られるのだが、踏ん切りがつかなかった。南尾根にはトレースがあり、黙って辿れば2,3時間で安全地帯に出られる。わざわざリスクを追うまでもない。
南尾根が、地図に示された本稜と、扇沢に向かう支尾根に分かれるポイントで、ここならば、と板を出した。

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扇沢ターミナルが見える

 

横滑りから徐々に滑り出したものの、最初のターンから転倒。雪が柔らかく、ショートスキーでは潜って滑れない。いや、わかっている。下手っぴいだから滑れないのだ。
板を再び担いで歩きだす。シーズン最初にトマの耳から滑って、ショートスキーなら怖いものなしと思っていたが大間違いだった。いい加減、山とスキーを区別するべきなのだ。名のあるスキールートにはそれなりの理由があって、特に滑った記録がない場所は、スキーには不向きなのだろう。
南尾根は、夏道の柏原新道が山腹をトラバースして種池山荘に向うところを、尾根を忠実に登るルートだ。かなり下部で、柏原新道と合流すると思っていたが、一度標識を見ただけで殆ど夏道は通らなかった。最下部で足跡が散乱して判然としなくなり、扇沢にまっすぐ降りる足跡があったが、それを追って川に降りてしまっても困るので、末端に向けて斜めトラバースをしていったら、尾根末端は下降できる場所ではなかった。扇沢側に向きを戻し、沢にかかる橋のたもとに向けて、急斜面をクライムダウンした。最後は数m岩場を下って柏原新道に降り立った。後は平らな雪道を10数m、アスファルトを踏んで雄叫びをあげた。やった。

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関電道路はキレイに除雪されている。堅いプラブーツでは歩きづらい。スキーがなければ、歩きやすい靴で来れたね。反省しようね。